管理人の独創小説 『首長族の宴』

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(9)Jean's House

翌朝は早めの飛行機でプーケットを出発し、バンコク経由で、メーホンソーンに向かった。目指す首長族の村への玄関口となる都市だ。

昼前後に到着したメーホンソーン空港は、まさに田舎の空港という感じで、簡易なフェンスに囲まれた滑走路の端に、 駅舎のような小さな建物がぽつんと建っているだけだった。一方でその辺鄙さが、首長族の村に少しだけ近付いたような心象を二人に与えた。

ホテルまでは徒歩10分程度の距離だったので、散歩がてらのんびりと歩いて向かった。静寂に包まれた古都、とでも言おうか、 往来の人が少なく、 時折すれ違うのはオレンジ色の装束に身を包んだ仏僧くらいのものだった。
遠目には点在する寺院の塔が垣間見え、 プーケットではあまり感じなかったのだが、タイが仏教国である事を改めてこの地で実感した。

程良い散歩の末に辿り着いたのは、今晩の宿「ホリデーイン・メーホンソーン」だ。可もなく不可もなくといった無難なグレードの部屋は、 宿泊料金もそこそこリーズナブルだった。部屋に入ると、窓越しに遠くの山々が見える。悪くない。只、他に何が見えるわけではなく、 単に素朴な田舎の風景といった感じだった。

バルコニーに出て景色を眺めていた浩之が室内に戻って来て言った。

「なんか地味っていうか、雰囲気が暗くねぇか?この町。」

良い意味で、静かでのどかな町という印象を持った清彦には、その捉え方が意外に思えた。浩之は、何もない、つまらない町、とでも言いたげな感じだった。 とはいうものの首長族村への拠点としてしか捉えていなかった事もあり、 浩之にしても、期待外れという程の不快感もなかっただろう。

一服し終えると程なく二人はホテルを出て、例のゲストハウスに向かった。
そう、日本で調べておいた「Jean's House」だ。
ホリデーイン・メーホンソーンから地図を頼りに10数分ほど歩き、特に迷う事もなく見付けられた。

着いてみると、見た感じ、部屋数が10室あるか無いかの小さなゲストハウスだった。
入り口のドアを開けると、20㎡程の小さな空間があり、左側にフロントと、右側にはテーブルセットが置かれ、宿泊客用のちょっとした交流スペースのようだった。 とてもアットホームな雰囲気だ。

そのフロント内にいた40代後半くらいと思しき男性に声を掛けてみた。

「こんにちは。首長族の村に宿泊できるツアーがあるって聞いてきたんですけど。」

「うん、あるよ。ちょうど明日、1泊のツアーがあって何人か行くから、一緒に行くかい?」

そう答えた男性の胸元には、何か身分証明証のようなタグが付いており、その中に「JEAN」という文字が見て取れた。

<この人がガイドのジーンさんなんだ>と思いつつも、話の腰を折っては悪いと思い、一通りの説明が終わるまで黙って聞いていた。

ツアーの概要はこうだ。
明日の朝8時に集合、4DW車で3時間ほど揺られて、国境付近に位置する首長族の村に到着。その後、数時間は村でのんびりした後、 村の子供達を近くの川に連れ出し、 一緒に水遊びをするらしい。川から帰ったら、6時くらいに夕食、8時には村人による歓迎パーティーがあり、その後は自由時間で、11時には全員消灯。 翌日は7時に朝食を取り、8時には村を出て帰路に就く、というものだった。

不安の種だった首長族村での食事に関して聞いてみると、

「大丈夫。村人と同じものなんて食べられないだろうから、全て僕が調理して出すようにしている。 タイ風ヌードルやポピュラーな惣菜を作るから心配ないよ。」

もう一つ、<その首長族は本物か?>という質問は、さすがにガイドさんを前にして聞く勇気が清彦にはなかったが、浩之にしても、 それを敢えて聞けとは、もはや言わなかった。

ジーンは見た感じモンゴル系と言うか中国系というか、日本人としては親しみの湧く顔立ちで、ダンガリーのシャツにジーンズという服装も含め、 なにか普通のタイ人らしからぬ雰囲気があった。

<誰かに似ている。>

清彦は思い出して吹き出しそうになった。自分が担当する工事現場で板金工事を度々依頼する矢尾という職人に、 ジーンは服装の趣味も含めてソックリだったのだ。
ちなみにシーンは、会話のほとんどを英語で話したが、部分的に日本語も混じり、コミュニケーションにはさして問題はなさそうだった。

「まるで英語をしゃべる矢尾さんだな。」

清彦はジーンの顔を見る度、重なるように浮かび上がってくる、職人の「矢尾さん」のイメージを打ち消すのにしばらく苦労した。

ツアーの予約を済ませ、ホテルに戻る頃には夕方近くになっていた。しばらく休んだ後、中心街に出て夕食でも食べよう、とホテルを出た。只、 中心街とはいうものの、店が数件並んでいる程度で、華やかなイメージからは程遠かった。浩之も、昼間見てきた風景から察して、 さほど期待してはいなかったのだろう。

「適当にその辺の店に入るか?」

浩之にしては珍しい言葉だった。通常、浩之は食事の店等を決める際、何かその店ならではの面白味のようなものを求めるきらいがあり、 「適当に」という決め方は逆に、浩之のこの町への興味の無さを物語ってもいた。

結局、少しばかり外国人向けに見えるタイ料理店に入り、一杯やりながら、3~4品の料理をつまんだ。そんな中でふと、 清彦は店員の振る舞いにちょっとした違和感を覚えた。
違和感といっても良い方の違和感なのだが、接客態度が妙に丁寧で穏やかに感じられた。
いや、接客態度というより、 店員全員に相通じる気質のようなものだろうか。何か男女問わず、一歩引くような控えめで大人しい感じとでも言うのか、 プーケットで接したタイ人達とは明らかに一線を画している。

また比較的肌の色が白く、顔立ちにしても日本人といっても違和感のない顔が目立った。特に女性が綺麗だ、と清彦は思った。通常、 外国人の美人女性を見ると、少しばかり日本人とのギャップに違和感を覚えたり、その国独特のアクのような特徴が鼻に付き、 「手放しで美人とは見なせない」というような感覚があるものだが、この町にはそのような「違和感のない」美人が多いように感じた。

日本でも東北美人というが、タイでも北には美人が多い、という事なのか、はたまた国境が近い事で、様々な民族の混血が生まれた結果なのか、 兄弟で取り留めのない話を交わしながら、メーホンソーンの静かな夜は更けていった。

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